保守から見た安倍総理 ~「反サヨク思考」の無責任~
時間を浪費した7年半
安倍総理は「反サヨク」という態度を世に広めた人だ。それは長期政権を下支えしたとは思うが、正直弊害の方が多かった。これからそれについて書く。
私は原発再稼働に賛成である。
しかし政府はそれを強く後押しはしなかった。
- 世界一厳しい安全基準を作ったのでこれからは安全です
- 電力会社各位は頑張って安全基準をクリアしてください
- 原子力規制委員会はかなり厳しい事を言います
上記のような方針により、ざっくりいうと投資回収年数が40年から60年に延びた。
2018年のエネルギー基本計画(https://www.meti.go.jp/press/2018/07/20180703001/20180703001.html)では、「原子力発電所の新設」には全く言及されないまま、原子力発電の比率維持だけが記載された。現行のルールで行くと今ある原子力発電所の大半が将来廃炉になるにも関わらずである。偉い大学の先生からは、数字の辻褄が合わないといわれていた。巷の噂では「経産省は新設に関して記載をしていたが、官邸の意向で削られた」とまことしやかに言われていた。原子力業界に近い人は「今は国が何もしてくれない」とぼやいていた。
おかしな主張をするおかしな人たち
ルールがクソ厳しくなった上に、国の後押しも不透明になり、少子化等で電力需要が伸び悩んでる地方の電力会社は原発再稼働に二の足を踏む。そこに起きたのが全道ブラックアウトである。原発再稼働にかけるリソースを他の成長分野に振り向けた北電の判断が裏目にでたか、とか、もっとも全力で再稼働に突っ込んでいても時間的に到底間に合わなかっただろう、とかの思いが交差する中、SNSを見ていると、何故か「民主党が悪い」だの「サヨクが悪い」だの連呼する人達がいる。彼らの脳内では、「原発が動いていれば今回のブラックアウトは防げた → 原発が動いていないのは民主党やサヨクが悪い」という制度的にも技術的にも歴史的にも「?」が百万個ぐらいつく謎主張を繰り返しており、そもそも今の状況を放置している安倍政権がおかしいと欠片も思ってなさそうであった。その後も同じような主張を見かけ、流石に目に余ったものは、いくつかやり取りをしたのだが、「日本にある原発で、サヨクの所為で止まっている原発は一つしかない」という事実を伝え、今の政府の無策を指摘すると全然返事が返ってこなくなる。大体似たような顛末になるので次第に飽きてしまった。
キーワードの消費と放置される現実
「電気は命のために大事なんです!」と素晴らしく美しい視点からものを語っている人に、同調する意味で「うんそうですね、その観点からいうと今の政策はここがおかしいですね」というとどこかへ去ってしまう、そういう経験を繰り返して痛感したのは、大抵の困った人たちは「サヨクを叩くネタとしての原発」は大好きだが、「いろんな経緯があって困難な現実として存在する原発」については一瞥だにする気がないということだ。安倍政権の特徴を「先送り」と評した人がいたが、自分の感覚にぴったり合う。支持者も含めて、あらゆる困難とは絶対に対峙せず、将来に向けていずれしなければいけないことからも目を背けて、「サヨクが」「韓国が」「中国が」と謎の世界に閉じこもってしまう。*1 実際に顔を向けるべきは目の前の原発なのだが、サヨク叩きネタとして消費されて現実がなんにもすすまないのはおかしなことだとつくづく思う。
現実を見て課題を見て学ばないのはおかしい
正直に言って、左翼におかしな人もいるが、おかしな人を見つけてきて「センセ―、この人こんなにおかしいですぅ」といくらやったって現実の問題は動かない。それどころか、原発問題のように現実の問題の理解を妨げることだってある。現実社会に問題があって、その原因が政権の無策にあるとわかっているなら何故正々堂々と批判しないのか。いつまでも小学校の終わりの会のようなレベルの低い話をしているから、現実社会の進展から置いて行かれるのがわからないのか。*2
将来像を持たないダブスタ反サヨク思考
話は変わるが、私の祖父が日露戦争に従軍していた事などから、個人的には北方領土をロシアに占拠されている状況は不当だと思っている。ご存知のように、安倍政権下の対露外交は歴史に残る大惨敗であったわけだが、日頃尖閣諸島には勇ましい事いっている人ほど、「北方領土は経済的価値が無い」「ロシアと経済協力することには北方領土以上の価値がある」等のおかしな擁護を繰り返しているのが不思議で仕方ない。
領土というのは国家の威信そのものである。それは北方領土と尖閣諸島両方に言えることだ。無理筋の擁護をしようとするとおかしなダブスタになる。将来の国としてあるべき姿を考えたら、北方領土交渉が上手くいかなかった時点でそれは正しく批判すべきだった。反サヨク的な思考にはおかしなダブスタがいっぱいあるが、領土問題はその代表的なものだと思う。
現実を見たくない人には良い7年半(しかし課題はやってくる)
安倍政権は「やろうと思えばやれたのにやってない」という課題があまりにも多すぎる。特に「将来産業の育成」という面では何も進まず、時間を浪費した感がある。それでも小学校の教室的思考で「サヨクくんがうんこもらした~」で盛り上がれる人には課題の採点もなく、良い夏休みだったのかもしれない。しかし現実には課題の締め切りは来るし、「え?おまえ宿題やってないのかよ?自己責任」と言われる日は必ず来る。その日になって「やべえ、2000万円たまってないぞ」ってあせっても仕方ない。まず今から将来あるべき姿を考えて、そのために何をすればいいか考えて欲しい。その時に『韓国が』『中国が』『サヨクが』の3パターンからしか物事が考えられないようであれば、反サヨク的で無責任な思考回路に毒されている。SNSから離れて「自分が」どうするかを真剣に考えて欲しい。 安倍政権という長い夏休み、放漫生活は終わったんだから。
平年一般的には夏休みの終わりの日に。
ATM婚指向?それ本当? データの見方を考える
だいぶんタイミング逃してるけど、書きます。
今回は触りだけですが、言いたいことを先に書くと以下になります。
・自説に都合の良いデータだけを見ていると「大きな構造」を見逃す。
・データの解釈が違うと、処方箋が違う。
・他人の行動は変えられないけど、自分の行動は変えられる。
ちなみにトリガーは↓の記事です。
「ATMにされたくない」婚活市場から撤退する男性たち
https://note.mu/sumomodane/n/n8b4410951f81
今回とりあげるのは↓のグラフです。
↑のグラフを見て、記事の著者は以下のように言及しています。
結婚のメリットには大きく「心理的メリット」「経済的メリット」がある。「心理的メリット」とはパートナーと親密な関係であることによる心理的な満足感や安心感などであり、「経済的メリット」とは結婚相手との共同生活により労力、モノ、カネなどを補完しあえることである。
近年、女性において「心理的メリット」よりも「経済的メリット」を求める傾向が強まっている。「出生動向基本調査・独身者調査」の「結婚の利点だと思うもの」の時系列推移をみると「精神的な安らぎの場が得られる」「現在愛情を感じている人と暮らせる」が低くなり(男女)「経済的に余裕がもてる」が高くなっている(女性のみ)。
このように女性が婚活において「経済的メリット」を求める傾向を「ATM婚志向」と名付けたい。婚活が着々と浸透する中、街コン、スマホアプリなど様々な婚活サービスが登場した。「ATM婚志向」の女性にとっては安価かつ手軽に男性を探せる環境になったのである。
さて、この解釈は正しいのでしょうか?
データの見方に問題はないのでしょうか?
このあたりを見ていきたいと思います。
データを丁寧に見ている、、、本当?
まず、最大の問題だと思うのが、一番左の「自分の子供や家族を持てる」に言及していないことです。この項目は、圧倒的に数字を持っており(2015年度は女性の約半数)、特に女性に関しては伸び率も際立っています。このグラフを見るうえで、「自分の子供や家族を持てる」に言及しないのはありえないでしょう。
さて、元記事では「結婚のメリットには大きく「心理的メリット」「経済的メリット」がある。」と分類した上で、「心理的メリット」の減少と「経済的メリット」の増加を合わせて、女性のATM婚指向としていますが、最大勢力の「自分の子供や家族を持てる」は「心理的メリット」ではないのでしょうか? そうなると「女性は結婚に求めるものは、心理的メリットとより経済的メリットだ」という論調そのものがあやしくなってきます。
データは互いに関連する
これに対して、「子育てや家庭の維持にはお金が必要!だから『自分の子供や家族を持てる』という項目は『経済的メリット』だ!!」という反論が想定されます。この反論は、もう一つの問題点を浮き彫りにします。いいかえると「経済的に余裕が持てる」という回答の上昇は、本当に女性の経済メリット指向を表しているのかという疑問です。
「子供が欲しいが、子育てには経済的な余裕が必要」という思想(それ自体はよくあるものです)があれば、当然「経済的に余裕が持てる」の項目は上に振れます。全部ではないにしても各項目「子供をもつかどうか」で随分と見方が変わってくるのではないでしょうか。少なくとも、各々の項目を雑に「経済的メリット」と「心理的メリット」を区分けして、ATM指向と名付けるのは違うかなと思います。「子供をもった時に難儀したくない」という心理的にはより大きな構造を見逃している(もしくは意図的に無視している)のではないでしょうか。
問題の見方が変わる
さて、「結婚の判断には裏に『子供を持つ』という変数があるのでは?」という仮説に触れたところで、元記事とは違う方向の解決策を1つ出してみます。
それは、「子供に関する費用を政府が全部出す」です。ナチスの多産奨励とか、本邦の子供手当とか洋の東西を問わず、その手の施策は多数ありますが、「子供を持ちたいが、子育てにお金がかかる」→「年収の低い男性との結婚に二の足を踏む」というマイナス影響は減らせるでしょう。なので「女性のATM婚指向」を苦々しく思っている諸氏は、子供への支出を手厚くしようとしている政党に投票するとよいでしょう。「そんなことしたら貧乏イケメンが有利になる」とか、問題の根本が女性の設定する経済的なハードルでないことを今更暴露するようなコメントはやめろ。
そして唐突に婚活雑感を記して終わる
まあ元記事みたいに「女性は高望みをやめろ!」って土井たか子ばりに声を張り上げたくなる気持ちもわからんではないのですが、そもそも、あれこれそれらしいデータを寄せ集めてきて、自説をもっともらしくみせるためだけに使い、考察もなくぶつけても、他人さまの行動をおいそれと変えられるはずもないのですよね。
現実に、男も女も「お前何故その選択をした」ということは星の数ほどあるわけなのですが、結婚って色んな変数がありすぎて、相当勢いがつかないと決まらないので、自分の偏りを意識して突っ込むぐらいでちょうどいいのかなと思います。
大体みんな婚活始めるの遅いんですよ。「3〇歳とかもうおっさん(おばさん)やで」というのと「結婚するなら〇歳以下がいい」というのを一つの飲み会の中で聞く地獄を考えてみてくださいよ。男も女も両方ありますよ。「お前まず自分の年を考えろ」とは長年の友達には言えず、ぐっと飲みこむ感じ。それに比べると早く結婚して、間違いとわかったら直ぐに離婚するぐらいがちょうどいいと最近思います。尊敬している人も結構離婚→再婚の人多いし。みんな映画「天気の子」を見て、選択の間違いを恐れない心を持とう。(でも選択の間違いの中でも不倫は最悪の時間の浪費だからそれはやめておいたほうがいい)
おしまい。
子宮頸がんワクチン関連で「守れる命を守る会」に寄付しました。
友人から活動の紹介があり、池田修一氏から名誉棄損で訴えられている村中璃子氏を支援するため下記団体に寄付を行いました。
”「守れる命を守る会」は科学的根拠に基づいた言論活動を支援する団体です。医学・科学の専門家、ジャーナリスト、法律家等との交流及び協力を行い、科学的な言論活動に対する誹謗、中傷、訴訟等を受けた者に対する人的物的支援を行います。”
https://www.facebook.com/mamoreruinochi/
昼からの村中璃子さんの記者会見に合わせて、「守れる命を守る会」に寄付してまいりました。
— 台東区 (@taitoku) December 6, 2016
https://t.co/Ga7OA2gKoH
こちらからは以上です。 pic.twitter.com/WBoBRN0yMa
橋下徹とフェミニズム
割と勢いで書き始めたのであまり期待できない。
僕の橋下徹氏の評価をパラメーター風に言うと「芸能10政治0」になりますね。
氏の政治スタイルが「既得権益持ってる人を名指しして殴る」というショーの形式をとっていることは論を待たないと思うんですけど、これは既存の枠組みを破壊する目的には大変効果的でありまして、効果的すぎて、実際いろいろなものがメタメタに破壊されたのですが、その破壊したことによる政治的効果というとさっぱりわからないです。たぶんないかと思います。
橋下治世の不幸は、得意分野である芸能的な政治ショーに明け暮れたため、「ほんで次はどんな実務で社会をまわしていくんですか?」というところで全然何も行われなかったことにあると思います。利害関係を調整しながらルールをつくっていくという取り組みはこの7年間全く行われませんでした。それでもショーの力があればそれなりにおひねりがもらえるのが世の無常でございます。世の中殴るやつと殴られるやつがいればそれはコンテンツになって消費されるのです。僕はそれを政治と呼びたくないですけど。
さてさて、表題に翻ってフェミニズムですよ。
実はフェミニズムも橋下徹氏と同じく「芸能10政治0」のパラメーター振りじゃないのかと、先ほど思い立ちました。
フェミニズムのスタイルは「既得権益を持っている男を名指しして殴る」というショーの形式で支持を集めてまいりまして、これは既存の男社会の枠組みを破壊する目的には効果的ですので、それは戦法としては正しかった、という評価にはなろうかと思います。また橋下治世と違うのは、こと労働環境においては、まだまだ不完全とはいえ、男女平等が進んできたことは成果といえると思います。フェミニズムのおかげだけではなく、労働の質が変わってきたことが大きいとは思いますが、まあそれはそれ。
しかしです、フェミニズムも橋下治世と同じく破壊の後の再生には無頓着であるように思えます。最近話題の弱者男性の議論でも、住処を壊されて野宿している人に「荒野で生きる強さを持て!」というような戸塚ヨットスクールもびっくりのマッチョな意見が少なからずあって、「せめて屋根がほしい」と言うぐらいは許したれや・・・みたいな切ない気持ちになりましたよ、ええ。
上野某先生とか田嶋某先生とか、橋下氏と一緒で、ショーで喝采を浴びるのが楽しくなってしまった世代の人はいざ知らず、次の世代の良識ある皆さまは、弱者男性だけを捉えて論じず、社会環境の変化を踏まえた上で、「男も女も社会とどう関わっていくのがよいのか」とか「社会とのかかわり方をどう再構築していくのか」みたいな、フェミニズムの次のところをお考えいただいたら、もっとみんな幸せな世の中になるんじゃないかなぁと思います。
どうしても「男の幸せとか考えるのは真っ平御免」というのであれば、せめて「妊娠・出産・子育てをしやすい社会をどう作っていくか」みたいなところからお考えいただければよいのではないかと、と申し上げて終わりにしたいと思います。
・・・やっぱり勢いで書くもんじゃねーな。
まあいいか。
橋下徹市長誕生について簡単に。
時間がないので簡単に。
・大阪府の借金を減らさずに途中で放り投げた時点で橋下氏に期待できることは少ない。ていうか期待できない。
・ぶっちゃけ国政への踏み台になるんだろうなと思っている。
・しかし反対陣営の選挙のまずさは目に付いた。
・平松さんの実績を押し出すだけでよかった。特に借金の話。橋下さんは府知事として実績なんもないんだから。
・「独裁をゆるすな!」と言い出した時点で票が減っていった気がする。何を考えて野中広務とかつれてきたのか。
・これは「学校の先生の言うことは信用できない」というメンタリティを持っている市民が多いのではないかという私見に基づく。
・この動きは「ファシズムの容認」ではなく、「トラウマの反動」なのではと思っている。
というわけででる。
はてなブログはじめました。
ご招待いただきまして、とりあえずはじめました。
id:pollyanna さんありがとう!